2022年7月8日 星期五

安倍晋三の死と日本社会の深層

 



昨日の正午7月8日、參議院選挙の応援演説で奈良の街頭に立った安倍晋三元首相は一人の男の銃撃により即死状態の致命傷を受け、その後奈良市の病院にて緊急治療を施されたが、その努力もむなしく同日午後5時5分失血多量の原因により死亡した。まだ67歳であった。


今回の日本の最高政治責任者に対する殺害事件は、日本国内のみならず、全世界に強い衝撃を与えた。私個人も大変なショックを感じている。昨夜はこの事件の事が頭から離れず良い睡眠を得る事ができなかった。安倍晋三、個人的に私はこの右翼、国粋主義者の政治家に対して好感を持ったことはなかった。しかし、安倍氏に対する個人的ネガティヴな感情とは別に、私は今回の事件、そして安倍晋三の悲劇的な最後に対して深く心を痛めている。今回の銃撃事件の背後には日本をいま巣食っている深刻な社会問題がある。いや、それは単に「社会問題」などと軽くあしらうことのできるものでは決してなく、それは現在日本全国民、全民族を蝕んでいる深刻な「病態」がそこにある。そして今まさしく、日本社会の深層部から恰もマグマのように薄汚い、おぞましい膿みがストップできない吹き出物のように社会全体に吹き出している。それが今の日本である。日本の狭い国土、居住環境、日本民族の狭量と極めて強い内向性、非社交性、妬み深い性格が、全国に100万とも言われる男性の「引きこもり」を作り出した。こうした成人の「タクオ」たちは、自分の家に引きこもり、無職、無学のままなんの向上心もなく日々を虚しく送っている。奴らの内心はいかに病んでいるか想像をすると鳥肌が立つ。




日本の社会は没個性な社会であり、「個性」は従って、社会とゆう巨大な組織の中で踏みにじられ、もみ消されてゆく。「個性」「才能」が尊重、重視されない社会の中で日本人は長期的に「自分」を持たない(或いは、「自分」を持ってはいけない)社会の中で、凡庸な無数の「全体」、「集合体」として生きてゆくことを余儀なくさせられてきた。この出口の無い窒息感の中、日本人の一人一人は強烈な抑圧の中で地獄の通勤電車に乗って東京まで働きに出てゆく、365日。無禮は許されない。今朝気分が悪かろうが、明日気色が悪かろうが、機嫌が悪かろうが日本人は「礼儀」を保ちつつ、作り笑いを道具に、日々を安全に、穏便に過ごそうと努力している。こうした「平穏」な日常の下、日本社会はサデイズムに満ち溢れた世界であり世界有数な「いじめ」の大国である。毎年、数多の学生、社会人、また著名人たちが「いじめ」の生贄となり命を落としている。「平和」な日本は訳の分からない男に突然、女子高生が出刃庖丁で滅多刺しにされたり、女性を誘拐して田舎に監禁したり、幼女を殺害して山の中に遺棄したりと、いわゆる「先進国」の中でこれほど実際、女性(即ち、弱者)に対する悪質な犯行が頻発している国家は現在他に例を見ない。この日本社会を長期的に蝕む構造的な病態こそ一人の自衛隊の落ちぶれ、凡庸で根暗な中年男を駆使し、日本の元首相に対し不条理な殺意をぶつけた原因だと言っても間違い無いと思う。


日本人の中にある極めて強い虚偽性、陰湿な民族性、凡庸な個性裏に隠れた根暗な国民性が作り出した不条理な殺意が今回・古都奈良において凶弾に倒れ尊い命をあっけなく落とした安倍晋三の宿命を構築した経緯である。多くの崩壊した家族、冷淡な親子兄弟、夫婦、交友関係... 一般的な日本人は強い孤独、孤立感の中で生きている。戦後の日本人の多くは人と人との繋がりを失った、糸が断ち切れた凧のように生きている。犯人山上徹也は自分のうだつの上がらない人生に対する鬱憤を晴らしたいだけであったに違いない。奴は単にはけ口を探していたに間違いない、山上は日本社会の暗闇に息を潜めて密かに暮らす無数の変態、変質者の中のただ一人に過ぎない。殺人の対象は安倍でなくても良かったはずである、それは、花壇で花の手入れをしている街の老婆でも良かったし、また、ピチピチした制服姿の女子高生でも良かった。


日本国元首相、安倍晋三は銃殺された。


私は半分の日本人として、また一人の人間として安倍晋三氏の無念の死に対して心を痛めている。


安倍さん、あなたのご冥福を心からお祈りします,どうぞ安らかにお眠りください。


人生無常。南無阿弥陀仏。


合掌。



廖中仁 Liau Chung Ren

2022,7月9日


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* Photo : 1st Image / Kyodo   2nd Image / Asahi Shinbun ( edited )